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7. 松代 長国寺 [2011 長野]

2011年5月21日(土)~5月22日(日) 長野旅行記

ましゃの「長野エムウェーブ」ライヴに参加するため、
長野県へ行ってきました^^ の続き。

「松代城(海津城)跡」の次に訪れたのは「長国寺」。

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真田家の菩提寺として創建され、歴代松代藩主の墓所でもある長国寺。

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敷地の奥にある「真田家霊屋」と「真田家墓所」の拝観は可能だけど、
要予約だったみたい・・・。

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曹洞宗真田山(しんでんざん)長国寺。

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境内のお参りだけさせていただきました^^

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本堂。 屋根の上には真田家所縁の鯱と六文銭。

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本堂の扁額。

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緑の中に少しだけ見えるのが「真田家霊屋」。

つづく

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THE LIVE BANG!! 横浜アリーナ [福山雅治2011]

5月25日(水)、26日(木)、29日(日)
ましゃの「横浜アリーナ」LIVEに参加してきました[黒ハート]

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5月25日(水) センター36列 はじっこの方
5月26日(木) アリーナB 17列 ステージ正面ブロック
5月29日(日) アリーナE 9列 サイドステージ前

やっぱり、4日間とも参加したかったな・・・。


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6. 松代城(海津城)跡 その2 [2011 長野]

2011年5月21日(土)~5月22日(日) 長野旅行記

ましゃの「長野エムウェーブ」ライヴに参加するため、
長野県へ行ってきました^^ の続き。

太鼓門から本丸に入ってみたけれど、建物は何もありません。

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江戸時代の様相を忠実に再現した「戌亥櫓台(いぬいやぐらだい)石垣」。

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展望台として整備されていて上がることが出来ます^^

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戌亥櫓台の上から眺めた本丸。

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本丸搦手(裏側)にある「北不明門(きたあかずもん)」。

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北不明門の全景。
当時は、天然の要塞である千曲川に接していたとのこと。

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再び本丸に戻り、

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東不明門前橋。

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発掘調査により折れた橋脚が発見されたとのこと。

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これで「松代城(海津城)跡」の観光は終了。
松代の街の方へ向かいました。

つづく

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5. 松代城(海津城)跡 その1 [2011 長野]

2011年5月21日(土)~5月22日(日) 長野旅行記

ましゃの「長野エムウェーブ」ライヴに参加するため、
長野県へ行ってきました^^ の続き。

松代駅からまず最初に向かったのは、駅の裏側、松代の街とは
反対側にある「松代城(海津城)跡」。

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戦国時代に武田信玄によって築城され、
江戸時代は松代藩主・真田家の居城だった「松代城」。

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築城された当時は「海津城」と呼ばれていたようです。

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戦国時代から江戸時代初頭までこの地を支配した武田信玄や
上杉景勝などにとって、松代城(海津城)は、北信濃を支配する上での
軍事的・政治的に重要な拠点だったとのこと。

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江戸時代末期の松代城のイメージ図。

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お城は明治の廃城により壊され、石垣を残すのみとなっていたけれど、
昭和56年(1981年)に国の史跡に指定され、平成16年(2004年)に、
櫓門や木橋、石垣、土塁、堀などが復元されたとのこと。

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お堀。

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周辺は、緑がいっぱい^^

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太鼓門前橋。

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本丸の正面にある「太鼓門」。

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海津城址の碑。

つづく

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4. 上田から松代へ [2011 長野]

2011年5月21日(土)~5月22日(日) 長野旅行記

ましゃの「長野エムウェーブ」ライヴに参加するため、
長野県へ行ってきました^^ の続き。

真田神社でお参りした後、上田駅に戻り、電車で松代へ移動。

上田駅9:47発→屋代駅10:10着 しなの鉄道 430円

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屋代駅10:14発→松代駅10:27着 長野電鉄 390円

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松代駅に駅員さんがいるのは、電車の発着があるときだけみたいです。
道を尋ねようと2・3分後に駅舎に戻ったのですが、
誰もいませんでした・・・(^^;

つづく

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3. 真田神社 [2011 長野]

2011年5月21日(土)~5月22日(日) 長野旅行記

ましゃの「長野エムウェーブ」ライヴに参加するため、
長野県へ行ってきました^^ の続き。

「上田城跡」の次は、「真田神社」へ行きました。

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上田城本丸の敷地内にある「真田神社」。

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「眞田神社」の文字の上には、真田家の家紋である六文銭。

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智恵の神社「眞田神社の由緒」について書かれてあります。

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静かで落ち着いた時間が流れている場所^^

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真田幸村の赤兜をかたどった「赤備え守り兜」。
倒木の危険から伐採した推定樹齢450年の御神木「真田杉」が材料とのこと。

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神社と神社事務所をつなぐ橋の下をくぐって神社裏へ。

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神社の裏にある「真田井戸」。
城北にあった太郎山の砦に通じている抜け穴だったようです。

つづく

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2. 上田城跡 [2011 長野]

2011年5月21日(土)~5月22日(日) 長野旅行記

ましゃの「長野エムウェーブ」ライヴに参加するため、
長野県へ行ってきました^^ の続き。

上田城跡は、上田駅から歩いて12分くらい。

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本丸のお堀。

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本丸への入り口「東虎口櫓門」と「北櫓」。

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東虎口櫓門横にある高さ2.5m、幅3mの巨石「真田石」。

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東虎口櫓門から続く「南櫓」。

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真田神社の裏にある「西櫓」。

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西櫓の近くまで行ってみたけれど、ここで行き止まり・・・。

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東虎口櫓門を出て、上田駅方面に歩いたところにある「平和の鐘」。

つづく

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1. 上田駅 [2011 長野]

2011年5月21日(土)~5月22日(日) 長野旅行記

ましゃの「長野エムウェーブ」ライヴに参加するため、
長野県へ行ってきました^^

長野新幹線 あさま505号 東京駅7:24発→上田駅8:36着。
えきねっとの割引きっぷ「トクだ値」で購入できたので、
通常なら6,490円のところ5,180円で行くことが出来ました。

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上田駅。

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駅を出たらすぐ目の前に、こんな垂れ幕。
真田三代の郷。信州上田へようこそ。

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駅前広場にある真田幸村公像。
上田城築城400年を記念して作られたものだとか。

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同じく駅前広場にある水車。

つづく

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THE LIVE BANG!! 長野エムウェーブ [福山雅治2011]

5月21日(土)、22日(日)
ましゃの「長野エムウェーブ」LIVEに参加してきました[黒ハート]

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エムウェーブの「M」は、雅治の「M」~[ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)]

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5月21日(土) アリーナ38列 中央付近
5月22日(日) アリーナ16列 はじっこの方

長野から東京へ帰る長野新幹線、バンドメンバーの方々と一緒でした。
長野駅のホームでも、東京駅のエスカレーターでも、私の目の前にいらしたのに、
全く声を掛けられなかった小心者の私・・・(^^;


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16. ヴィエリチカ岩塩採掘場 その3 [2011 ポーランド・スロバキア・ハンガリー]

2011年4月28日(木)~5月6日(金) ポーランド・スロバキア・ハンガリー旅行記

5月1日(日)
ヴィエリチカ岩塩採掘場、英語ツアーの続き。

岩塩採掘場での作業は常に危険が付きまとうため、
無事を祈るために、地下には幾つもの礼拝堂が造られたのだそうです。

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こちらは「THE HOLY CROSS CHAPEL」と書かれてありました。

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そして、こちらが最大の見どころ「SAINT KINGA'S CHAPEL」。
この「聖キンガ礼拝堂」は造られた礼拝堂のなかで一番の大きさで、
地下100mの場所にあるのだそうです。
この規模の礼拝堂が地下に存在し、そして、すべてが塩で出来ている
なんて、とても信じられないです・・・。

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壁の細かい装飾は、塩を彫って作ったもの。

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これも塩。

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こちらも塩。

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中央祭壇も岩塩で造られています。

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左側の装飾は、塩で出来た「最後の晩餐」。

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どれもこれも素晴らしいものばかりなのだけど、これらを作ったのは
芸術家ではなく、ここで働いていた鉱夫たちなのだそう。
危ない仕事をしなくても、芸術家で生きていけそうな器用さです。

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塩で出来たシャンデリアも豪華~♪

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最大の見どころ「聖キンガ礼拝堂」の後も、まだ見学は続きます^^

つづく

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15. ヴィエリチカ岩塩採掘場 その2 [2011 ポーランド・スロバキア・ハンガリー]

2011年4月28日(木)~5月6日(金) ポーランド・スロバキア・ハンガリー旅行記

5月1日(日)
ヴィエリチカ岩塩採掘場、英語ツアーの続き。

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トロッコのレール。

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お馬さんのお世話の様子かな?
壁の塩の結晶がスゴイ。

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あちこちでお馬さんが活躍していたようですね^^

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塩で出来た王様の像。

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こんなところを歩きながらの見学です^^

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これは何をしているんだろ?

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通路にも同じようなものがあったけれど・・・。

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とにかく大変な作業だったことは伝わってきます。

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あちこち見どころがいっぱい。
理解できない英語ガイドだったから良かったものの、
日本語ガイドがあったら、もっとじっくり見ちゃったりして、
丸1日使っても見終わらなそうだわ・・・(^^;

つづく

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14. ヴィエリチカ岩塩採掘場 その1 [2011 ポーランド・スロバキア・ハンガリー]

2011年4月28日(木)~5月6日(金) ポーランド・スロバキア・ハンガリー旅行記

5月1日(日)
ヴィエリチカ岩塩採掘場、朝9時からの英語ツアーに参加しました。

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木の階段を下に下に降り、見学スタート。

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彼女が英語ツアーのガイドさん。
分かりやすく丁寧に話してくださってる感じだったけれど、
それでも半分も聞き取れなかった・・・(^^;

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見学通路の周りは、興味をそそるものがいっぱい。

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道具などがそのまま残されています。

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壁や天井は、塩の結晶がいっぱい。

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岩塩で作られた彫像。

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キンガ姫の像も岩塩。

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岩塩採掘作業の様子は人形を使って再現されています。

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こんな地下深いところに、お馬さんも持ち込まれていたんですね~。

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これは、坑内で引火の可能性があるメタンガスを測る作業なのだそう。

つづく

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13. ヴィエリチカへ [2011 ポーランド・スロバキア・ハンガリー]

2011年4月28日(木)~5月6日(金) ポーランド・スロバキア・ハンガリー旅行記

5月1日(日)
朝6:15起床、ホテルにて朝食。
この日は、クラクフの南東15Kmほどのところにある小さな町
ヴィエリチカへ行きました。

ヴィエリチカ方面へ行くバスの乗り場は、クラクフ本駅の前にある
ショッピングセンターの裏あたりにあります。
駐車場のようなスペース内に、分かりづらくありました・・・(^^;

ヴィエリチカ行きのバス停で、前日アウシュビッツで知り合った
日本人の男の子と再会。
せっかくなので、一緒にヴィエリチカ観光をすることにしました。

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クラクフ本駅前8:05発→ヴィエリチカ8:25着
バス運賃 3ズロチ(≒106円)

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「ヴィエリチカ岩塩採掘場」にやって来ました^^

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1250年頃から1950年代まで稼働していた世界有数規模の
岩塩採掘場で、1978年に世界遺産に登録されています。

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見学は、ガイドによるツアーのみ。
日本語ツアーはなかったので、英語ツアーのチケットを購入。
68ズロチ(≒2,415円)
カメラ&ビデオ撮影は有料で、10ズロチ(≒355円)
ちなみに、ポーランド語ツアーのチケット代は49ズロチ。
どうせ英語でも理解できないと思うので、ポーランド語でも良いかなぁと
思ったのだけど、外国人は外国語ツアーを選べ的な雰囲気いっぱいで、
ポーランド語ツアーにしてみるのは諦めました・・・(^^;

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英語ツアーの出発は9時から。
少し時間があったので、敷地内をあちこち写真撮影。

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これは、塩を運んでいた機関車かなぁ~。

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観光客の入り口。

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出発時間の少し前に案内があり、ここで待ちます。

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こんな階段を降りて、ヴィエリチカ岩塩採掘場の見学スタート~♪

つづく

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12. ホテルアレクサンダーⅡ [2011 ポーランド・スロバキア・ハンガリー]

2011年4月28日(木)~5月6日(金) ポーランド・スロバキア・ハンガリー旅行記

4月30日(土)
アウシュヴィッツからクラクフにバスで戻り、この日の観光は終了。
まだ18時すぎと時間は早かったけれど、雨が降っていたし、
朝3時起きだったので、旅の初めから無理は禁物ってことで・・・(^^;

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クラクフ中央(KRAKOW GLOWNY)駅。

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クラクフでの宿は、ホテルアレクサンダーⅡ。
エクスペディアで予約。
クラクフ中央駅から徒歩2・3分くらい。

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スタンダードルーム 禁煙 朝食付き
1泊 5,825円 プラス税金 1泊あたり1.6ズロチ(≒56円)
窓の外は、線路が目の前!!
2階のお部屋だったので、窓の高さがちょうど電車の高さ。
電車好きの方には、とってもおススメな眺めでした^^

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朝食は、朝7時から10時まで。
ホテルアレクサンダーⅡでは2泊したのだけど、
出発日は朝6時にチェックアウトしたので、
朝食は1回しかいただくことが出来ませんでした。

つづく

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11. ビルケナウ強制収容所2 [2011 ポーランド・スロバキア・ハンガリー]

2011年4月28日(木)~5月6日(金) ポーランド・スロバキア・ハンガリー旅行記

4月30日(土)
ビルケナウ強制収容所の続き。

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収容所敷地の奥のほうにあるガス室や焼却炉の跡。
第2次大戦末期、戦争犯罪を隠滅するために解体されたり、爆破されたり
したため、原形を留めているものはありません。

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ビルケナウ強制収容所には、ガス室・焼却炉は6棟もあったとのこと。

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線路の端には、お花が添えられていました。

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ナチス政権下犠牲者の国際慰霊碑。

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歴史は繰り返されると言われますが、絶対に起こしてはなりません。

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慰霊の碑文。
色々な国の言葉で書かれたものがあったけれど英語のものを撮影。
「この地で150万人もの方々が亡くなったことを後世に伝える。」

この後、敷地のいちばん奥にある「サウナ」と呼ばれた建物まで行く予定
だったけれど、雨が降って来て、風も強く、雷もゴロゴロしていたので、
ここで切り上げることにしました。

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これで、ビルケナウ強制収容所の見学は終了。
無料シャトルバスでアウシュヴィッツ強制収容所まで戻りました。
その後、16:20発のバスに乗り、クラクフまで帰って来ました。
クラクフ駅前に到着したのは18:10でした。

つづく

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10. ビルケナウ強制収容所1 [2011 ポーランド・スロバキア・ハンガリー]

2011年4月28日(木)~5月6日(金) ポーランド・スロバキア・ハンガリー旅行記

4月30日(土)
アウシュヴィッツ強制収容所の次は、ビルケナウ強制収容所へ行きました。
ビルケナウは、アウシュヴィッツから3kmほど離れたブジェジンカ村に作られた
アウシュヴィッツよりも大規模な強制収容所。
1941年に建設が始まり、1945年にソ連軍によって解放されるまでの間に
百数十万人の命が奪われた場所。

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アウシュヴィッツからビルケナウまでは、30分毎に無料のシャトルバスが
出ています。

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「死の門」と言われた入り口のゲート。

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「死の門」をくぐって鉄道の引き込み線がまっすぐに敷地内へ。
列車から降りた人々は、すぐに女性・子どもの列と男性の列に分けられ、
さらに、医師が健康な者だけを選り分けたとのこと。
労働可能な人々は収容所に入れられ、老人や病人、妊婦、子どもは
そのままガス室に送り込まれたのだとか・・・。

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「死の門」ゲートの見張り塔からの写真。
ビルケナウの敷地全体の様子を眺めることが出来ます。
鉄道の引き込み線の左右の広大な土地に、300棟以上のバラックが
並んでいたとのこと。

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向かって左側。 当初はバラックはこちら側だけだったようですが、

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向かって右側。 次第にこちら側にも増設されていったのだそう。
遥か先にまで続いています・・・。

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バラックが立ち並ぶエリアへの入り口。
高圧電流の流れる有刺鉄線が、これでもかというくらい張られています。

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ここには銃を持った見張りがいたのでしょうね・・・。

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バラックの大部分は破壊されて残っていませんが、

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一部のバラックは当時のまま保存され、内部の見学が可能です。
バラックの周りには、たくさんのタンポポが咲き、黄色と緑の絨毯が
可愛らしい雰囲気を漂わせているのに、

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バラック内に入ると、とても重苦しい空気が流れていました。

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眺めているだけで恐怖を感じ、すぐに外に出てしまいました。

つづく

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9. アウシュヴィッツ強制収容所3 [2011 ポーランド・スロバキア・ハンガリー]

2011年4月28日(木)~5月6日(金) ポーランド・スロバキア・ハンガリー旅行記

4月30日(土)
アウシュヴィッツ強制収容所の続き。

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囚人棟が並ぶエリアからガス室へと向かう道。

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逃亡防止のために高圧電流が流れてた有刺鉄線。
強制収容所の周りは、この有刺鉄線で二重に囲まれていたとのこと。
日々の暴力的抑圧に耐えきれなくなり、感電自殺をするために
この電流の流れる鉄線に自ら飛び込む方も多かったのだそう。

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ガス室に送られる方がここに整列している写真、ありますね・・・。

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ガス室・焼却炉の手前にある絞首台。
アウシュヴィッツ強制収容所の所長だったルドルフの死刑執行は
ここで行なわれたのだとか。

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大きな煙突のある「ガス室・焼却炉」。

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現在は観光客の出入り口となっている扉、ここで最期を迎えた方々も
ここからガス室へ入ったのだろうか。
「シャワーを浴びるため」と騙されていたので落ち着いた様子で順番を
待っていたとのことだが・・・。

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ガス室の内部。

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焼却炉。

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1台の炉には同時に2・3人の死体が入れられ、1日に350人ほどが
焼かれていたとのこと。

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これで、 アウシュヴィッツ強制収容所の見学は終了。
矢印に沿ってインフォメーションセンターに戻り、映像室へ。
収容所がソ連軍によって解放されるシーンやその時に助け出された方々、
ナチス・ドイツの犯罪の証拠などの記録映画が放送されていました。

つづく

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